2011年7月30日土曜日

彦根城 (国宝) 2度目

2011年7月30日、2度目の登城です。

竹生島の国宝巡りの後で登城しました。(竹生島の記録はこちら

長浜ではイマイチの天気でしたが、彦根に来て晴れてきました。ヨッシャー!
現在の城の入り口になる佐和口に到着しました。
左が佐和口多聞櫓(重文)で、佐和山城から移築されたものです。

佐和口

佐和口多聞櫓

この日はたまたま佐和口多聞櫓が特別公開されていました。ラッキーでした。

佐和口多聞櫓 入り口

現存建造物に入るのは、いつもワクワクします。

佐和口多聞櫓 内部

火災の時に火が横方向へ広がらないように、は土壁で覆っています。

佐和口多聞櫓を出て表門橋を渡り、表門山道を登ると天秤櫓((重文)に至ります。
天秤櫓は長浜城から移築されたものです。

天秤櫓と堀切にかかる掛橋

天秤櫓も特別公開されていました。

天秤櫓 内部

天秤櫓を越えると石段が続き、その先に太鼓門櫓(重文)があります。


太鼓門櫓

太鼓門を抜けると本丸です。そして国宝の天守が正面にそびえます。
天守は通し柱を用いず、各階ごとに積み上げて建てられており、3層3階地下1階の複合式望楼型となっています。2重目以上の窓はすべて華頭窓を配し、最上階には外廻り縁と高欄が付けています。各重に千鳥破風切妻破風唐破風入母屋破風を詰め込んだように配置されている。大津城天守(4重5階)を3重に縮小して移築したといわれていて、附櫓と多聞櫓を合わせて国宝に指定されています。

天守(本丸側)

天守内部の階段

天守 最上階

天守(西の丸側)

西の丸の西端には、前回入った西の丸三重櫓(重文)がありますが、これは小谷城から移築したものです。

西の丸から黒門山道の石段を降りて、黒門跡から内堀外にでました。

黒門跡

前回見ていない大手門跡を見るために、内堀に沿って南側へまわります。
内堀の石垣には犬走りがあります。

内堀の犬走り

大手門は城の玄関のはずですが、ひっそりしています。

大手門橋

大手門跡

やはり国宝の天守と現存の櫓は圧巻です。彦根城は城全体が良く残っているので、何度来てもいいです。次回は内堀の屋形船に乗りたいなぁ~!

2011年7月2日土曜日

福知山城 041

2011年7月2日、竹田城に続いて登城しました。

福知山城は現在、福知山城公園として整備されています。その公園駐車場(無料)に車をとめて、いざ登城!!!

駐車場からの天守

福知山城は、明智光秀が築造後、有馬豊氏時代に完成したものと推定されています。

丘陵の最先端部の一番高い所に本丸を置き、その西に二ノ丸、更に西に伯耆丸、内記丸と続く四つの連郭式城郭を形成していました。本来は本丸と二ノ丸は繋がっていましたが、明治時代に二の丸が削り取られてしまい、また伯耆丸と内記丸間も繋がっていましたが、福知山線の建設に伴いそれぞれ独立丘陵となってしまいました。その他曲輪として北側には左門丸、対面丸、侍屋敷、大膳丸、南側には、泉水、蔵屋敷、馬屋、鷹部屋、庭園などを設け、周囲に二重、三重の堀を巡らしていました。城下町としては、北方に鍛冶町、紺屋町、鋳物師町、呉服町、京町などの町家、川沿いには寺町、南方に侍屋敷を配し、東北には斜めに由良川が流れ、西、南に外堀が巡らされている。いわゆる惣構えとなっていました。

丹波国福地山絵図

本丸へは東側の坂を登って登城します。
外観復元天守が現れました。壁面が板張りなので木造のように見えますが、実は鉄筋コンクリートで内部は郷土資料館です。続櫓で小天守と連結されています。

大天守(中央)と小天守(左)

3層ですがどっしりと風格があります。
天守の向いには、唯一の現存遺構である銅門番所が建っています。元は二ノ丸の登城路付近にあったものを、後に本丸へ移築したそうです。貴重な遺構だからもう少しきちんと管理すればいいのに。。。

銅門番所

福知山城の石垣には、多数の転用石が利用されています。多くの寺院や墓所を破壊して、五輪塔や石仏などを用いて石垣を積んでいます。このバチあたりが。。。
石積みは穴太積みがメインです。

大天守石垣の転用石

天守内の郷土資料館に入りました。
下の写真の木の奥、大天守と小天守の連結部には縁側をとった座敷が再現されています。城には珍しいです。これは明智光秀の趣味からでしょうか?
左下が大天守入り口

どこの城跡もそうですが、城郭の大部分が都市計画で潰されているのは非常に残念です。

資料

■築城者 明智光秀
■築城年 1579年(天正7年)
■主な改修者 有馬豊氏
■主な城主 明智氏、朽木氏
■城郭構造 連郭式平山城
■天守 複合・連結式望楼型(1699年(元禄12年)築)
■遺構 曲輪、石垣、井戸、移築番所・門

竹田城 040

2011年7月2日に登城しました。

今回は友人二人と車で,天空の城 竹田城と明智光秀の福知山城を巡ります。
高石から約2時間で到着しました。天気は曇りで余り良くありません。雨が降らないことを祈ります。

駐車場(無料)に車を止めて、うさぎさんコースで登り、かめさんコースで降りることにしました。


これは駐車場横にあったかめさんコースの入り口

急な階段を10分ほど登ると花屋敷と呼ばれる曲輪に到着しました。正面の高い部分が本丸です。

花屋敷曲輪

花屋敷曲輪から本丸に向う途中で、三の丸が見えました。まるでゴルフ場の様に芝生?が綺麗です。

三の丸方向

本丸東側に進むと天守台が見えました。
高さはそれほどありませんが、美しい石垣です。穴太衆の石垣だそうです。

天守台

天守台からの眺めは素晴らしいです。本当に山のてっぺんに立っています。ここに天守があったと思うと、天守最上階からの眺めは最高だったでしょう!

天守台から二の丸

天守台を降りて南方向の二の丸,三の丸に向いました。

二の丸

角ばったゴルフ場のようで、本当に緑が綺麗です。
しかし、こんな山の上に、よく石を運んで石垣を築いたものです。
さらに北の方へ行くと大手門があり、その先の北千畳が北の端です。

大手門跡

北から本丸を通って今度は南の南二の丸,南千畳へ行きました。
こちらから天守台のある本丸の眺めは画になります。

南千畳から本丸

竹田城は雲海で有名ですが、下のような景色を一度見てみたいですね!



資料


■築城者 山名宗全(伝承)
■築城年 1431年(永享3年)(伝承)
■主な改修者 羽柴秀長、赤松広秀
■主な城主 太田垣氏、羽柴秀長、赤松広秀
■城郭構造 梯郭式山城
■天守 不明
■遺構 石垣、堀、井戸など

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福知山城へ向う途中、国道9号線沿の 道の駅 農匠の郷やくの 内にある【やくの本陣】という食事処で「銀河そば定食」(1280円)を食べました。ボリュームがあり、とても美味しかったです。

銀河そば定食