今回は車で行きました。
蒸し暑い日で、着くまでに雨が降ったり止んだりしていました。
篠山城は徳川家康の命令で、藤堂高虎が縄張を担当し、普請総奉行を池田輝政が務めました。
縄張は回の字型になっており、内堀と外堀が残っています。建造物は大書院が現存していたのですが、1944年(昭和19年)1月6日に失火により焼失してしまいました。が、2000年(平成12年)4月には復元されました。
三の丸の駐車場に車を止めて二の丸に向いました。
現在の二の丸入り口正面
ここは元々北廊下門がありました。入って行くと鉄門と大書院がが見えてきました。
門の奥に見えているのが奥御殿で、大書院への入り口と、内部は史料館になっています。
入館料は400円ですが、他の博物館等全4館の共通入場券(600円)を購入しました。
鉄門(右)と大書院(左)
大書院の内部は、やはり真新しい感じで、「歴史の重み」はありません。
なお暑さのせいか、拝観者は私だけでした。
大書院内、上段の間と次の間
大書院を出て南側は二の丸が開けていて、小書院のあった場所が標されています。
ここも、観光客は私以外に3人いただけです。
大書院(右)と奥御殿(左)
また二の丸南中央には埋門があります。
埋門
二の丸東側に本丸があり、そこに天守台がありますが、天守は建造されませんでした。
本丸
天守台
内堀の石垣は藤堂高虎の特徴である犬走りがあります。ちなみに外堀は土塁のみです。
内堀石垣の犬走り
また篠山城には、めずらしい馬出が2箇所残っています。
東馬出は公園に整備されてしまっていますが、南馬出はそのまま土塁で残っていました。想像していた以上に広いです。
南馬出
一通り見終わった後、周囲の博物館などを見て周り、「ろまんてい」で昼食をたべました。
その後、近くの「ささやま荘」(国民宿舎?)で温泉に入り(貸切状態)、帰りました。
資料
■築城者 徳川家康
■築城年 1609年(慶長14年)
■主な城主 松平氏、青山氏
■縄張 輪郭式
■立地 平山城
■天守 建造されず
■遺構 石垣、堀
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